« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

2012年10月30日 (火)

給費制の復活を求める院内集会

ビギナーズネット主催の「法曹養成制度検討会議に対し給費制の復活を求める院内集会」に参加してきました。

大学生、66期修習予定者から当事者としての報告がありましたが、彼ら彼女らの経済的負担は相当に深刻で、法科大学院の学費負担、貸与制が、法曹養成の公平性、多様性等を歪めていることを再認識しました。

ある大学4年生の報告では、在学中に司法書士に受かった優秀な友人が、家庭の経済的事情から全額または半額免除での法科大学院進学を目指したものの叶わず、やむなくローへの進学、すなわち法曹への道を、あきらめたそうです。

また、東北出身の修習予定者は、修習地が希望とはまったく逆方向の関西に決まりました。既に奨学金などで400万円以上の借金がありますが、一人暮らしをするので、貸与を受けざるを得えません。弁護士の就職難の中、彼は東京か東北での就職を目指して今後、何度もに上京するなどしなければなりませんが、一回の往復で5万円程度の交通費がかかるとのこと。本来なら将来への理想に燃えているはずなのに「将来、借金が返せるかどうか日々、不安に思いながら生活している」と語りました。

ほかの2人の修習予定者も、貸与により借金を抱えることへの不安、貸与の保証人を年老いた祖父と父親に頼まざるを得なかったことへの自責の念、まったく希望していない修習地に「飛ばされる」ことの理不尽さなどを切々と訴えていました。

国会議員も多く参集しました。票に直結しにくい問題にもかかわらず、関心を持ってもらえるのは有り難いことです。
その中で古川俊治議員が、法科大学院への公費支出を念頭に「司法制度改革全体をどうするかが問題。ここ(給費制)だけを変えようとしても、なかなか難しい」と指摘していたのが印象的でした。

私は給費制問題の打開にとって、政治・市民運動だけでは限界があるとの認識の下、給費制復活と法科大学院廃止をセット訴えなければ説得力に乏しいという立場です。
ただ、どんな形態であろうと運動の継続は重要だと思っていて、1年前の院内集会にも参加しました。
今後も自分が見聞きした院生、修習生の窮状を発信していきたいと思います。

2012年10月26日 (金)

新聞社説「俺版」

弁護士HARRIER先生のブログ「福岡の家電弁護士 なにわ電気商会」の記事「質問なるほドリ 俺版」に感化されて、新聞社説の「俺版」を書いてみました。もとにしたモデルはありません。

新聞社説の文体の特徴は
①偉そうな上から目線
②具体論が少なく抽象論を振りかざす

ですから、本稿もそれに従いました。
読みずらいとすれば、そのせいです。
いや、文章力不足です。m(_ _)m

201△年○月×日付 □□新聞社説(だったらいいなあ)
「法曹養成制度を根本から見直せ」
 司法制度改革の重要な柱の一つ、新法曹養成制度が岐路に立っている。
 新法曹養成制度は、社会の隅々に司法サービスを施し、「法の支配」により公平・平等な社会を実現するという改革の理念の下、多様で質の高い法曹を多数輩出することを目的にスタートした。新制度の下で法曹人口は増加し、裁判所支部管内に弁護士がゼロか1人しかいない「ゼロワン地域」が解消されるなど、改革の理念は一部実現した。
 ところが法曹養成の中核を担う法科大学院が不人気にあえいでいる。
 2012年度の法科大学院入学者は、全体の86%に当たる63校で定員を下回り、20校は入学者数がひと桁にとどまった。法曹を目指す人が激減しているのは明らかだ。
 原因は、司法試験合格率の低迷ではない。法曹になるまでの膨大な費用負担と弁護士の就職難だ。
 受験生の多くは、法科大学院の修学費用等で多額の借金を抱える。合格後は司法修習の給費制(給与制)廃止と貸与制移行により借金はますます膨らむ。司法修習を終えても、弁護士の激増に伴う就職難により弁護士登録できない者が続出。晴れて弁護士になれても、少なからず、いきなり独立開業を強いられ、新人が仕事を得る機会は少ない。そもそも弁護士の増員に見合う需要があるとした当初の想定が間違っていたとみられている。
 こうした現状を背景に、優秀な人材や社会人経験者は経済的リスクを避け、より安定した別の業界を目指す傾向にある。それゆえ法曹の質の低下、画一化が懸念されている。また、弁護士が経済的に困窮すれば、採算を脇に置いて弱者救済に対応する余力もなくなる。これらは司法改革の理念に逆行する事態だ。新法曹養成制度は明らかに行き詰まっている。
 こうした事態を、法科大学院の統廃合といった小手先の手段で打開するのは、もはや不可能だ。国は制度設計の誤りを素直に認め①司法試験合格者の年間3000人という目標の大幅な見直し②法科大学院修了または予備試験合格という司法試験受験資格の撤廃③給費制の復活―に向けた法改正や環境整備に着手すべきである。これらの措置は、法科大学院制度を法曹養成を中核に据える現行制度を根本から見直すことになるが、やむを得ない方針転換といえよう。もっとも司法試験における法科大学院修了生の救済措置は必須だ。
 待ったなしの早急な対応が望まれる。

2012年10月21日 (日)

「番狂わせ」の醍醐味

今日は東京六大学野球・秋季リーグで東大の最終戦となりました。
立教に0対2で惜敗。

Photo

結局、今季の勝利はなりませんでした。
慶應と引き分ける惜しい試合もありましたが、
勝利は来季に持ち越しとなりました。

自分は、なんで東大の「勝利の瞬間」を見たいのかな、と
あらためて考えてみたところ、

番狂わせ(大金星、アップセット)の痛快さ、壮快さを生(なま)で味わいたい

ということなんだなあ、と再認識しました。

「東六」で東大は、現状では、唯一無二の弱小チームです。
このチームが他の大学に1勝でもすれば、
その試合は「番狂わせ」ということになろうかと思います。
(直近の勝利は2年前の斎藤佑樹先発の早稲田戦)

私が番狂わせを生(なま)で目撃したのは、相当以前にさかのぼります。巷間、番狂わせが少ない、と言われるラグビーでした。
1981年(昭和56年)12月の関東大学ラグビー対抗戦、早稲田対明治は、戦前、明治圧倒的有利の下馬評でした。
しかし、結果は早稲田が勝利。伝説的指導者であった監督の名前にちなんで「大西マジック」と呼ばれました。

http://www.youtube.com/watch?v=Hk0WKmdPLKQ

http://blog.livedoor.jp/charlie1962/archives/51210885.html

この時、まだ大学にも入っていなかった私が、生観戦した国立競技場で受けた衝撃と、番狂わせの醍醐味は今でも忘れられません。

しかし、明治も黙っていません。
翌1982年度の大学選手権で明治は、低迷期を脱して黄金期に入ったと思われた早稲田を、圧倒的不利の下馬評を覆して破り、雪辱を果たします。

http://www.youtube.com/watch?v=pAZi7M01tBk

これも国立で生で観ていました。「大西マジック」からわずか1年余りの出来事です。当時、若輩者ながら「諸行無常」「盛者必衰の理」をあらためて痛感しました。

「番狂わせ」の類型としては
①希有な失策や運不運によって本来、実力のある一方が、実力のない他方に(当該一戦に限って)負ける場合
②実力に勝る方が勝利したが、実力に勝っていたことをマスコミ、世間が戦前に認識していなかった場合
③実力に勝る方が勝利したが、勝利した方は一般的に見て、負けた方より戦前の準備、鍛錬の環境において著しく劣悪な環境にあった場合
が考えられると思います。
上記①②③の要素が混然としている場合もあるでしょう。

こうした「番狂わせ」はスポーツばかりでなく、あらゆる「勝負事」で起こり得ます。

たとえば選挙。事前の世論調査に基づく予測を覆す結果になることはよくあります。

裁判も、結果を「勝訴」「敗訴」と呼ぶように勝負事ですね。
先日の参議院定数不均衡訴訟も大法廷で「違憲判決」が出たら、従来の最高裁判例の流れやマスコミの事前の見立てを根底から覆す「番狂わせ」だったでしょう。私がわざわざ傍聴に行ったのは「番狂わせ」の場面を生で見たい聴きたい、という思いからで、東大の試合を観戦に行くのと相通じるものがあります。

試験も勝負事ですね。
高齢または若年の方、苦学された方などの難関試験の合格が話題になるのも、一種の「番狂わせ」だからではないかと思います。

司法試験における現役社会人も同様です。一般に受験勉強の環境において、他の受験生より劣勢にある現役社会人が、新・旧や予備・LSルートを問わず、司法試験に合格することにも「番狂わせ」の妙味があると、私は思っています。

その瞬間をこれからもたくさん見聞きしたいと思っています。

2012年10月19日 (金)

口述試験体験記

来週末の27日,28日は司法試験予備試験の口述試験です。
受験される方の参考になるかどうかは分かりませんが、失敗談を含む私の口述試験体験の一部を記します。

うまくいった科目と失敗した科目の両方ありましたが、原因は、いずれも冒頭の「つかみ」にあったと思います。

まずは、うまくいった例(憲法)

主査:「国政調査権について聞きます。国政調査権とは何ですか」
私:「はい。~(条文の文言そのまま)~です」
主査:「それは第何条に定められていますか」
私は:「はい。62条です」
主査:「そうですね(ニコニコ顔)」
(以下、流れるままに最後の質問まで順調に推移)

たったこれだけの冒頭の基本部分をスラスラと答えられるだけで「この受験生は基本ができていて、よく勉強しているな」という印象を持ってもらえます(本当にできる受験生かどうかはともかく)。すると、その後の応用部分などでとんちんかんな答えをしても「緊張でうまく答えられないのかな」なんて善解してくれる可能性が高くなります。冒頭で質問が予想される基本部分はしっかり固めておくべきです。

次は失敗した例(刑事系)


まず冒頭で主査から事案を聞かされました。その事案の内容を誤解していたために、刑法38条2項がすぐに出てこず、いきなりこんなスーパー基本条文を六法をひいて確認するよう命じられるという大失態を演じました(>_<)。これはかなり印象が悪かったはずです。そのせいで、その後の質問に何とか的確に答えたつもりでも「こいつ本当に分かってんのか?」みたいな疑いの目で見られ続けた気がします。

事案の理解が不十分な場合は、あいまいなままにせず、何度でも確認を求めた方がよいです。よほどしつこくない限り、そのことで減点されたり、主査の機嫌を損ねたりすることはないと思います。

冒頭でつまずいても挽回は可能なので、決してあきらめてはいけません。私も冒頭での大失敗で焦りまくりましたが、そのあと懸命に態勢の立て直しを図って、なんとか落ちない程度の減点で済みました。

初めの基本部分の質問を乗り切ったら、あとはもう主査の質問と誘導の流れに必死に食らい付いて乗っかるだけです。相手は、いわば「ラスボス」ですが、決して倒そうなんて思ってはいけません。受験生側はあくまで「まな板の上の鯉」です。

応用部分は覚えていたことを思い出して吐き出すのではなく、その場で自分で考える場合が多いですが、基本をもとに自分なりの考えを示せば、必ず誘導してくれるはずです。応用部分は必ずしも正解を求められていません。むしろ問答の途中では間違った回答を求められていると思うこともあります。
たとえばこんな感じです(正確な再現ではありません)。

主査:「では事例を変えます~(基本事例に応用部分を加味して変形)~この場合、AはBに何が言えるかな」
私:「やはり詐害行為取消権を行使できると思います」
主査:「へー、そうなんだ(やけに機嫌がいい)。あなた、さっき詐害行為取消権の要件として○○を挙げたよね~。それでもできるの?」
私:「あ、失礼しました。この場合は○○の要件を欠くことになるので、できません」
主査:「そうだよね~(すごく機嫌がいい)」

恐らく、私は主査が描いたシナリオ通りに間違った答えをしたんだと思います。

禁忌行為はいくつかありますが、一番やってはいけないのは沈黙です。口答試問に沈黙するのは、答案を白紙で出すようなもので、部分点すらもらえません。間違ってもいいから何か答えます。
一方、「分かりません」という対応は、1科目に一度程度なら大丈夫だと感じました。
ですから、沈黙に陥る窮地に立たされた場合、一度は「分かりません」と申し訳なさそうに答えてしのぐことは可能かと思います。少なくとも沈黙よりはましです。

入退室時の作法は、宿泊先のホテルの部屋で、実際に声を出しながら繰り返し何度も一人で練習しました。

口述は精神的にも肉体的にも相当きつい試験ですが、この経験は必ず将来の自信につながります。試験に臨まれる方々のご健闘をお祈りします。

2012年10月17日 (水)

参議院選挙定数不均衡違憲訴訟大法廷判決

10年参院選は「違憲状態」 1票の格差で最高裁(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012101701001533.html

行ってきました、大法廷。

Photo_2

「法令違憲判決の言い渡しを生で聴きたい」というミーハーな動機で傍聴したんですが、期待は外れてしまいました。
違憲の主張を法の下の平等ではなく、統治論から再構成する画期的な訴訟でしたが、最高裁の判断は「違憲状態」にとどまり「違憲」までは踏み込みませんでした。

ただ、反対意見、補足意見があるようですから、明日の新聞でじっくり読んでみます。

続・司法試験合格後に法科大学院に行こう(?)

前回の記事「司法試験合格後に法科大学院に行こう(?)」で、最終合格後にローに行くメリットがピンと来ない、と書きましたが、「メリット(価値)」の一端を示す記述が、当該予備校のHPにありました。

http://www.itojuku.co.jp/shiken/yobi/feature/DOC_017013.html#root

著作権法上の「引用」が、どこまで許されるのか分からなかったので、ここで内容の引用は差し控えます。
※参考 http://www.itojuku.co.jp/policy/index.html

以下では、冒頭で記したURLのページ中の「提言3」と、その直上にある、大学在学中の予備試験合格後に東大ローに進んだ6人の方の発言について、私の感想を述べます。

ここで6人の方は、それぞれ、予備合格後、あるいは司法試験合格後にローに進学する意義を語っています。。
これらの発言を総合すると、合格後にローに行く「メリット(価値)」とは、「深く高度な法律知識等を修得し、能力の高い法律家になれる。仲間もできる」ということのようです。前回の記事で私が想像したメリットの(1)に近いような気がします。

実務家として、どこまで深い法律知識が必要か、とか、司法修習では切磋琢磨できる仲間はできないのか、という話はさておき、東大ローが優れた教育を施しているのであれば、なるほど、こうしたメリットはあるかもしれないと納得できます。

それでも、私が今ひとつ、ピンと来ないのはなぜか。

おそらく、受験生時代に思い描いたゴールと、理想の法律家になるための手段について、考え方が違うからだと思います。

私は、受験生時代、とりあえず合格すること自体がゴールでした。その後、理想の法律家になるためには、できるだけ早く実践に出て、経験を積みながら能力を高めるのが最適な手段と考えていました。私は法曹にはなっていませんが、今の仕事に関して言えば、間違いなく、そう思います。

これに対し、このHP上の予備合格者は受験生時代から思い描いたゴールが合格後の先にあったことを示唆しています。
そして、その最終的な目標を達成するためには、受験勉強や司法修習だけでは足りず、著名な学者からより高度な教育を受けるという手段が最適、と考えているようです。
あるいは、この方々が目指している法律家とは、必ずしも実務家ではないのかなあ、という気もします。

予備合格者が本試験合格後にローに行くという前例は、まだありませんから、本当に「メリット(価値)」があるかどうかの確認は、今後、このルートを実践する方の行く末と感想を待つほかありません。

ただ、私が今、痛感しているのは
「お金と時間って、ある人にはあるんだなあ」ということです。

また、敵対関係にあったと思われた予備校(予備試験)とローの間で、いつのまにか、あたかも共存共栄を図るような方向性が出てきたことを不思議に思っています。

※追記(2012年10月18日)
当記事で最後に記した「予備校(予備試験)とローの間で、いつのまにか、あたかも共存共栄を図るような方向性」という見方についてSchulzeさんのブログ記事で、HPの提言の趣旨とは異なるのではないか、との指摘を受けました。

http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51983827.html
提言の言い回しや、司法試験合格後のおすすめローとして東大、京大、海外等に限定している点などからみて、Schulzeさんのご指摘の通りだと考えます。

2012年10月13日 (土)

司法試験合格後に法科大学院へ行こう(?)

ある司法試験関連予備校が、現役東大生向けに作成したパンフレットをたまたま目にして驚きました。
予備試験経由で大学在学中に司法試験最終合格した後に東大法科大学院で学ぶ、というルートをすすめているのです。

このパンフでは本試験合格後に東大ローで学ぶことにより「司法試験を気にすることなく」「最先端の法学教育を修得することで将来が変わる!」と言っています。

これが「うたい文句」として成り立つためには
①司法試験受験資格を取得し司法試験に合格するという目的以外に、東大ローで学ぶことに大きなメリットがあり、
②そのメリットが2年という時間と授業料の投資に見合うものでなければならない、
と思われます。

では、一体どんなメリットが考えられるでしょうか。以下は想像ですが、たとえば、

(1)司法試験合格者の中で、東大ローの「最先端教育」を受けた者は、そうでない者より法曹の質が明らかに高まるのでしょうか。
(2)それとも「予備試験合格+東大ロー修了」の経歴が、就職・任官、法曹としてのキャリアアップに向けた最強コンボなのでしょうか。
(3)あるいは予備ルートからの司法試験合格成績順位が悪かった場合に、東大ローを修了することで下位成績をロンダリングできるのでしょうか。

うーん。現時点では、どれもピンときませんね((2)はもしかしたら将来、そういう風潮になる可能性はあります)

この予備校のHPでは予備試験のメリットとして「法科大学院ルートよりも2年早く、実務に就ける」ことを挙げていてますから、ちぐはぐな感じも否めません。

いずれにせよ、このパンフがすすめるルートは「法科大学院は、実務家のため必要な教育を行う場所。『早く受かりたい』という理由で予備試験を選ぶという態度は、制度の趣旨と懸け離れている」という中西一裕・日弁連事務次長の発言(9月24日付東京新聞朝刊記事「新司法試験 法科大学院離れ拍車」より引用)に親和的です。ロー推進派は、憎き予備校から思いもよらず、ローの価値を高く評価されて溜飲を下げるかもしれません。

2012年10月11日 (木)

司法試験予備試験論文合格者が激増

司法試験予備試験の論文合格者が発表されました。

http://www.moj.go.jp/content/000102604.pdf

合格者は233人でした。合格された方々、おめでとうございます。

私の予測は外れましたが、上方に外れたのは良かったです。

ただ、それでも、受け控え率などを考慮せずに私が基数とした235人を下回っています。予想より多かったとはいえ、司法試験法や「規制改革推進のための3カ年計画」に適った「適正」と思われる人数よりはまだ低く抑えられていると考えられます。口述での絞り込みは最小限にとどめられるべきです。

こうして予備論文合格者が昨年比で激増したのも、昨年度の予備最終合格者が今年の本試験で健闘した成果です。本当に頭が下がります。

私は、法科大学院制度に最終的に引導を渡すことができるのは、政治家でもマスコミでも有識者でも市民運動でもなく、予備試験合格者だと常々、考えています。
予備試験受験生の方々は、自分のことで精一杯でしょうけど、破綻した国策を改め得る力を持っていることも頭の片すみに置いていただき、そのことも勉強の励みにしてほしいと思っています。

2012年10月 9日 (火)

バックグラウンドの多様性の検証(出口編)

以前のエントリー「バックグラウンドの多様性の検証(入口編)」で、社会人経験者など多様なバックグラウンドを有する人材を多数法曹に受け入れる、とする法科大学院の理念が実現しているのかどうかを、法曹を目指す人について検証しました。その結果、ロー制度より旧司の方がこの理念に適っていた、という、私なりの結論を出しました。
ただ、旧制度より新制度の方が、最終的に産み出される法曹の卵の多様性に満ちていれば、ローの理念がある程度は
実現しているといえそうです。そこで、今度は、いわば「出口」の多様性の検証を試みました。いくら元テレビアナウンサーなどが個別にクローズアップされても、全体のデータを検証しなければ、本当のところは分かりません。

ネット上では検証に役立つ資料を探索できなかったので、関係機関へ各種の情報公開請求を試みました。

しかし、私が求めた資料は、いずれも「存在しない」という理由で、出てきませんでした。

したがって、表題については「検証できなかった」というのが結論です。

たとえば、司法行政当局としての最高裁に開示を求めたのは次のような文書です。

1・新60~新65まで各期の司法修習生について、法科大学院入学前の職業別人数が分かる文書
2・現行60~現行65まで各期の司法修習生について、修習前の職業別人数が分かる文書
※上記請求文書中「職業別人数が分かる文書」とは、平成23年度司法試験予備試験口述試験(最終)結果として、法務省がホームページで公表している「参考情報」中、「職業別」の人数をまとめた表と同種のものをいう。ただし、職業として掲げる項目が上述の表と同じでなくても構わない。

法務省に請求したのは以下の文書です。

1・平成18~23の各年度に実施した旧司法試験で合格した者の職業別人数が分かる文書
2・平成18~23の各年度に実施した新司法試験で合格した者について、法科大学院入学前の職業別人数が分かる文書
3・新60~新65まで各期の司法修習生について、法科大学院入学前の職業別人数が分かる文書
4・平成24年度司法試験において、予備試験合格資格に基づく受験者(司法試験不合格者を含む)の成績順位が分かる文書
(※注記は最高裁請求と同じなので省略)

行政当局や各種の第三者委員会・会議が、新法曹養成制度の推進と並行して、検証もきちんと進めているならば、当然に存在するデータだと思いましたが・・・。

2012年10月 8日 (月)

「非正規軍」の戦歴

以前のエントリーで書いたように、私はこれまでいろんな試験を受けてきました。その多くは合格までのルートが複数ありました。私としては、いずれも「正規」のルートを通ってきたつもりです。
でも、人によっては私の選択したルートを「非正規」と捉えるかもしれません。予備試験受験生を「非正規軍」という人は、新司法試験と並行運用された平成18年以降の旧司受験生も「非正規軍」と呼ぶでしょう。また少数派=非正規と捉える人もいるかもしれません。

そんなことを考えながらあらためて自分の受験歴を思い起こしてみました(時系列)
①電話級アマチュア無線技士国家試験
②高校受験
③原付運転免許試験
④小型二輪運転免許試験
⑤中型二輪運転免許試験
⑥大学受験
⑦普通自動車仮免許試験
⑧普通自動車本免許試験
⑨入社試験
⑩旧司法試験

①アマチュア無線技士国家試験(1勝0敗)
中学1年の時に国家試験(年2回実施)で取得しました。合格率は2割程度だったという記憶があります。
この国家試験とは別に、国から委託を受けた法人が実施する講習を受ける、というルートがありました。1、2週間程度の有料講習を受けて最終試験を受ければ、受講者のほとんどは合格する、という制度でした。

②高校受験(1勝0敗)
当時、推薦入学のような、一般入試とは別のルートはなかったと思います。私は家計への負担を考えて公立1校のみ受験しました。

③原付運転免許試験(1勝0敗)
試験場での筆記試験しかありませんでした。

④小型二輪運転免許試験(1勝3敗)
試験場での一発試験で取りました。当時125ccのバイクまで運転できる免許でした。自動車教習所ルートもありまましたが、この免許を取ろうとする人はそもそも少なかったと思います。私も中型二輪への足がかりとして取得しました。

⑤中型二輪運転免許試験(1勝1敗)
同じく「一発試験」で取りました。400ccまで乗れる免許ですが、ほとんどの人は教習所ルート(学科のみ試験場)で取得していました。

⑥大学入試
(1)現役時代(1勝5敗)→大学浪人へ
当時はAO入試などはなく、一般入試以外のルートの主流は、学業成績またはスポーツ成績優秀な生徒が推薦で進学するルートでした。当時、私の周りで推薦で難関大学に行った奴は、ものすごく勉強ができ、おそらく一般入試でも簡単に受かったであろう実力の持ち主でした。このあたりは現在のAO、推薦、内部進学花盛りの時代とは、ちょっと違うかもしれません。

(2)浪人時代(5勝3敗)→大学進学へ
浪人生に一般入試ルート以外の選択の余地はありませんでした。

⑦普通自動車仮免許試験(1勝3敗)
これも「一発試験」で取りました。ただ、現在と同様、教習所ルートで取得するのが「本道」でした。

⑧普通自動車本免許試験(1勝1敗)
「一発試験」で2度目で合格しました。教習所ルートに行かなかったことで、仮免許を含めた普通免許取得費用は総額3万円程度で済みました。

⑨入社試験
(1)新卒年(0勝4敗)→就職浪人へ
当時は「就職協定」という経済界の紳士協定があり、新卒年(ふつうは4年生)の10月1日(11月だったかも)が就職試験の解禁日とされていました。
しかし、協定は有名無実化し、解禁前に企業側が事実上の就職面接を行い、その中から内定者を決めるという「青田買い」が当たり前になっていました。当時の学生の就職活動は、この「青田買い」ルートが本道でした。
私は、就職協定を守り、解禁前の「会社訪問」と称した事実上の就職面接は受けず、解禁後に行われた正規の入社試験を受験する道を選びましたが、見事に散りました。

(2)既卒年(1勝0敗)→社会人へ
経済的事情から自主留年はせず、4年で大学を卒業しました。そのため新卒扱いにならず、就職試験を受けられる企業は、極めて限定されてしまいました。そんな状況でも就職協定を守り、協定解禁後の正規の入社試験に臨んで内定をもらいました。

⑩旧司法試験(1勝10数敗)
平成16年から法科大学院制度が始まりましたが、新試験ルートを選択できる環境にありませんでした。

こうして思い起こしてみると、どっちが正規か非正規かはさておき、少数派で、手間ひまかかる回り道のルートを主に選んできたと思います。

合格してしまえば、ほかのルートとの違いはほどんどありません。

ただ、合格した時に見渡す周りの景色が違って見えたかもしれません。

※参考 ふかわりょう BLOG第371回より引用

たとえば、富士山の山頂までずっと歩いて来た人にとっての景色と、ヘリコプターで山頂まで届けてもらった人にとってのそれとでは、同じ景色であってもまったく別物といっていいくらい印象度は違います。心に刻まれる深さが違うのです。

2012年10月 5日 (金)

支えてくれた人たちに「感謝」

いつも感銘を受けながら読ませていただいているブログ「Schulze BLOG」のエントリー「メガンテの呪文」は、長く旧司法試験を受験してきた私にとって、心に染みるお話でした。

私はこれまで「試験」と称されるものを数多く受けてきて、それぞれに合格までの苦労話はあります。
でも、旧司法試験だけは別格です。あまりに難関で過酷な試験であるがゆえに、受験生活の中で、身近な人を物心両面で巻き込んでいくことが多々あります。それだけに自分の苦労だけでは済まないエピソードが、ほかの試験に比べて格段に多いのです。

受験期間が長くなれば、応援してくれた人との永遠の別れもあります。今、思い返すだけも鼓動が高まり、キーボードをたたく手が震えるほどの悔恨を呼び起こす記憶もあります。

先日、ある方に「合格した瞬間どんな気持ちでしたか?」と尋ねられました。あらためて思い返してみたら“うれしさ爆発”という感じではありませんでした。

“十数年間、背負ってきたいろんな肩の荷が一気におりてホッとした…”

もちろん、うれしいんですが、9割は安堵感が占めていました。
そして、様々な人の顔が頭に浮かびました。既にこの世にいない人の顔もありました。
心に湧いたのは、これらすべての人への「感謝」でした。

私は、こうした気持ちをうまく表現できないので、勝手ながらSchulzeさんのブログから引用させていただきます

「あらためて思ったのは、自分に今があるのは、決して一人の力ではなかったということです。
色々な人から支えられ、その思いを受けとめながら、今がある。」

肝に銘じながら生きていこうと思います。

2012年10月 2日 (火)

平成24年度司法試験予備試験の合格者数を占う

10月11日は予備試験論文試験の合格発表です。

いつも勉強させていただいてるブログ「元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記」のエントリー「生まれるはずがない合格率「格差」の原因」を読んで、あらためて去年の予備試験合格者数(116人)は極端に狭き門だったなあ、と実感します。

司法試験法をあらためて確認してみると、予備試験は法科大学院修了者と同等の能力の有無の判定を目的としています(5条1項、4条1項1号)。この「同等」の能力の有無の判定に必要な指標の代表は、やはり司法試験合格率でしょう。今年の試験ではロー修了組が24・6%なのに対し予備試験組は68・2%。去年の予備合格者数の決定は結果として“違法”と言われても仕方がない処分だったと思います。

では、今から事後的に見て“適法”な合格者数とは何だったのか。数学がからっきし苦手な私が、ごく単純に計算してみます。

今年の法科大学院修了資格での合格者は2,044人で、受験生は8,302人ですから、合格率は24・62%です。
一方、予備試験合格者の本試験合格者数58人を基準として、予備試験合格資格での受験者総数が何人だったら合格率が24・62%に近くなるかを計算すると、235人という結果になりました(「受け控え率」など、その他の考慮しうる要素はとりえあず考慮から除外します)。

したがって、235人が適正かつ“適法”な合格人数だったのかなあ、と思われます。
(ホントにこんな計算でいいのか疑問がないわけではないですが、とりあえず話を進めます)

これは去年の合格者の2倍に相当します。司法試験委員会の合格者決定(法8条)に仮に裁量があるとしても、その範囲には到底、収まらない格差だと思います。

でも、そんな大幅合格者増をロー推進派が今年、受け入れるか、というと大いに疑問です。予備試験合格者の本試験合格率が大きな話題になりましたから、2年目の今回も予備試験合格者数について、なにがしかの報道がなされるはずです。その時に「予備試験合格者が倍増」という見出しで報道されることは絶対に避けたいはずです。「狭き門」という世間の印象が崩れてしまい、法曹を目指す優秀な人材を予備試験ルートに誘導しかねないからです。

では、司法試験法の文言や合格割合の均衡を求めた「規制改革推進のための3カ年計画」に抗して、私の単純計算による「適正合格者数」を、さらに引き下げることのできる根拠はあるでしょうか。

たとえば、司法制度改革審議会意見書が記した「予備的な試験」の制度趣旨を根拠に 合格者決定の裁量の幅をかなり広くとらえることが考えられます。
また、「去年はともかく、今年は受験生のできが悪かったので、ロー修了者と同等レベルの受験生はこれしかいなかった」という理由を付けて、合格者を抑えることも可能でしょう。司法試験委員会の独立性や、国家試験の合否判定は司法審査の対象にならないという判例からすれば、法務省や試験委員会が合格者決定の合理性を詳細に問われることはまずないでしょう。だとすると、どこまで合格者を減らすかは、ある程度、さじ加減でできそうです。

ところで司法試験委員会は、合格者数にメッセージを込めることがあります。たとえば司法試験委員会会議(第35回)議事要旨をみると、当時の髙橋宏志委員長がこんなことを言っています。

「旧試験の合格者について,300人から,平成20年は,今の案でいくと,いずれも200人にするという。これを更に,150や100に落とせるか。仮に,平成20年に100に落としたら,これは,司法試験委員会の強いメッセージになると思うが。」

要するに、当時、いまだに旧試験にしがみついてる受験生に対し、合格者数をがくんと落とすことで「早くローへ行くか、撤退しろ」という試験委員のメッセージを発信したい、ということです。

予備試験でも同じようなメッセージを合格者数に込めると思います。
「予備試験を抜け道にしよう、ったって、そうはさせんぞ。本当に早く受かりたい奴は、とっととローに行け」と。

一方で昨年程度の合格者数にとどめれば、さすがに不合理のそしりを免れないことも彼らは百も承知です。

そこで落としどころは、こうなるのではないでしょうか。

論文試験合格者を200~210人程度として、「倍増」という新聞の見出しを先に回避しつつ「ちゃんと合格者を大幅に増やしましたよ」というアピールをする。
その上で、口述で10数人程度を落として最終合格者を190~199人程度とする。百の位は去年と変わっていないので、予備試験を「狭き門」としてローへ誘導するメッセージ効果を保持でき、ロー推進派にもある程度、納得してもらえる、という案配です。

この通りになるかどうか分かりませんが、仮になったとしたら「ああ、そこまでして予備試験を邪魔物扱いしたいんだなあ。ロー推進派はよほど追い詰められているなあ」とあらためて感じ入るだけです。

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ