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2012年11月

2012年11月25日 (日)

法曹養成制度検討会議 第3回会議議事録

法曹養成制度検討会議第3回会議議事録が話題になっています。
http://www.moj.go.jp/content/000104258.pdf
特に和田委員の発言は拡散希望です。

※参考
「法曹養成制度検討会議 第3回会議議事録 和田委員の発言『法科大学院は受験予備校化さえしていない』」(Schulze BLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51990345.html
「要するに、中途半端なんです。」(福岡の家電弁護士 なにわ電気商会)
http://ameblo.jp/mukoyan-harrier-law/entry-11410042363.html
「『正論』が通用しない司法」(黒猫のつぶやき)
http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/82bd618308cca643786b4281d6d684c5

「法科大学院は、医学部に学べ!?」(弁護士 猪野亨のブログ)
http://inotoru.dtiblog.com/blog-entry-631.html

上記のブログでいろいろと指摘され尽くされているので、それ以外で気になったことを記します。

久保委員の発言

「平成24年の司法試験の場合,第1回目の受験で合格した人が全体の51%ぐらいを占めている。これは法科大学院の3年間を加味して,旧司法試験時代の4回目の受験者の合格者と比べてみても圧倒的に数が多いわけです。」

ここで委員は、合格までにかかる年数を問題にしているようですから「第1回目」ではなく、大学院修了後「1年目」と言うのが正しいでしょう。だとすると、1年目合格者(1,027人)の全体(2,044人)に占める割合は、50.2%ですから、「51%ぐらい」という発言は、わずかですが盛ってます?
それはともかく法曹養成制度検討会議提出資料から旧司法試験の受験4年目以内の合格者の割合を調べてみました。

H22=29/59=49.1%
H21=31/92=36.9%
H20=45/144=31.2%
H19=82/248=33.0%
H18=181/549=32.9%
H17=436/1464=29.7%
H16=564/1483=38.0%
H15=399/1170=34.1%
H14=592/1183=
50.0%
H13=564/990=
56.9%
H12=605/994=
60.8%
H11=585/1000=
58.5%

たしかに平成15年から平成21年まではおおむね30%台ですが、これは法科大学院がスタートし、司法試験への新規参入者または受験年数の少ない者が旧司法試験を敬遠し始めた影響と思われます。しかし、平成14年以前の割合は50%以上です。にもかかわらず新司の方が「圧倒的に数が多い」というのは事実評価の大きな誤りだと思います。
あるいは久保委員は、新司の1年目合格者と旧司4年目の合格者を単年で比較しているかもしれませんが、合格までの年数を問題とする発言の趣旨からは無意味な比較です。

同じく久保委員の発言

「それから,24年度では法学部未修者も1回で250人が合格,これは全体の22%ぐらいになります。また法科大学院の入学者を見ましても,社会人はかなり減っていますが,依然として2割ぐらいを占めている。いずれも旧試験時代にはなかった現象であり,こういった数字を少し前向きに検討してみますと,やっぱり一定の評価はできると思います。」

「法学部未修者も1回で250人が合格・・・全体の22%」に該当するデータが資料から見つかりませんでした。「法学部未修者」というのは、いわゆる「隠れ未修」のことですよね。その人たちの1回目合格の数字、割合が何の意味を持つのか。割合が「全体の22%」というと、全体が1136人ということになりますが、何の数字なのでしょう。「旧試験時代にはなかった現象」と言われても何のことやら分かりません。
また、「社会人(の入学者)は・・・依然として2割ぐらいを占めてい」て、これも「旧試験時代にはなかった現象」と言っています。しかし、これも変です。そもそも旧試験に法科大学院は無関係ですから、「入学者」という分類がありません。この点で旧試験との比較はできないのが原則です。
もっとも、「法曹を目指そうとする人」という括りで、旧試験受験者の社会人(有職者)割合と比較することは可能です。それを試みたのが以下の数字です。
     ロー入学者  旧試受験者
H16  2,792(48.4%)  10,667
(24.6%)
H17  2,091(37.7%)   10.084(
25.6%)
H18  1,925(33.3%)      8,880(
29,4%)
H19  1,834(32.1%)     7,650(
32,8%)
H20  1,609(29.8%)     6,532(
34.9%)
H21  1,298(26.8%)     5,667(37.2%)
H22   993(24.1%)     4,998(
37.8%)
H23   763(21.1%)
H24   689(21.9%)
http://ittyouryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-a18e.html

平成16年以降、社会人は2割台半ばから3割後半を占め、19年度以降は旧司の方が上回っています。「旧試験時代にはなかった現象」というのは明らかに誤りです。

結論ありきの会議とはいえ、正しくデータを評価した上できちんと議論していただきたいと思います。

翁委員の発言

「やはり,今,例えば予備試験の合格者が非常に多い」

予備試験は総受験者7,183人で、合格者219人、合格率3%。
一方、平成23年度の法科大学院修了者数は3,937人。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/012/siryo/__icsFiles/afieldfile/2012/06/15/1322208_1.pdf
予備を例外扱いにしている点を考慮したとしても、このデータを客観的にみて、どうして予備合格者が「非常に多い」という評価が出てくるのか理解に苦しみます。

このほか清原委員が修習生の「赴任手当」に言及しているのが気になります。この法曹養成制度検討会議で給費制復活という結論が出るとは思われませんが、裁判所法等の追加修正、付帯決議の趣旨もちゃんと考慮しましたよ、というポーズをとるため、赴任手当の導入でお茶を濁される可能性が出てきたと思います。もちろん、手当だけで問題が解決するはずはないんですが、フォーラムの面子を保ちつつ、国会にも配慮した「落としどころ」として利用されることが懸念されます。いったん落としどころで結論が出てしまうと、それをさらにひっくり返すのは現状より困難になるでしょう。

(追記)参考ブログの記載で漏れていました。すいません。
「受験対策なき「プロセス」の建て前」(元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記)
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-583.html

法曹の多様性確保に関する行政当局の認識

現行制度は法曹の多様性の確保が芳しくなという認識は、行政当局にも当然あるようで、前の記事で取り上げた法曹養成制度検討会議提出資料には「法曹の多様性の確保に関わる指摘の例」として以下の項目が列記されています。

【多様性の確保が困難である原因についての指摘】
○ 法曹志願者が減少している原因は,特に志願者の多様性を確保することを阻害する要因として顕著に当てはまると考えられる。
○ 社会人が職に就いたまま法科大学院で学ぶことは基本的に難しいが,仮に職を捨てたとしても司法試験合格が約束されるわけではない。
○ 多様性を確保する観点からも,司法試験の合格率の上昇に資するような方策を検討することが重要である。
○ 他分野からの法科大学院入学者の中には,法律学の履修に適合できない者もいるし,とりあえず入学を認めておいて厳格な成績評価でふるい落とすということも酷であり,とりわけ他分野の者にとっては,法曹を志願することのリスクが高いととらえられやすい。
【多様性の確保の状況に関する指摘】
○ 各法科大学院において,多様性の拡大を図るための入学者選抜基準を概ね満たしていることなど,現状についてかなりの成果を上げていると評価してよい。
○ 法科大学院設立当初と異なり,今後,社会人として法科大学院を志願する者は,学部修了時点では法科大学院への入学を選択せず,いったん社会人になった後に法科大学院を志願する者に限られることに留意する必要がある。
○ 大学法学部が存続している以上,大学進学前から法曹となることを志して大学法学部に入学し,そのまま法科大学院に進む者も正当に評価されなければならない。

今後の議論の元になるものと思いますが、一番始めの指摘以外は、的を射ているかどうか疑問の余地があります。たとえば

社会人が職に就いたまま法科大学院で学ぶことは基本的に難しいが,仮に職を捨てたとしても司法試験合格が約束されるわけではない。」

という指摘。

仕事を辞めずにローに通うのが難しいという前段はその通り。後段に「職を捨てたとしても」とありますが、この、仕事を辞める、というハードルが、特に家族持ちにとっては、ものすごく高いのです。だから、そのあとの「司法試験合格が約束されるわけではない」という記述はそれほど大きな意味を持ちません。そもそも合格が約束される試験なんてほとんどないでしょう。
現役社会人にとっては、ローに通う時間の捻出が極めて難しいことが最大のネックなんです。そんなことは導入前から明白でした。何を今さら、と思います

「多様性を確保する観点からも,司法試験の合格率の上昇に資するような方策を検討することが重要である。」

司法試験の合格率の上昇と多様性はあまり関係ないと思います。合格率云々以前に「働きながらローに通うことが極めて困難」というところに問題があるわけですから。

「他分野からの法科大学院入学者の中には,法律学の履修に適合できない者もいるし,とりあえず入学を認めておいて厳格な成績評価でふるい落とすということも酷であり,とりわけ他分野の者にとっては,法曹を志願することのリスクが高いととらえられやすい。」

前段はちょっと分かりにくい記述です。他分野の人の中には、そもそも法律を学ぶ素養がない者もいる、という指摘のようですが、「者もいる」って、どういうことでしょう。法学部出身者でも法律学の履修に適さない「者もいる」でしょう。「者が多い」って言うなら少しは分かりますが。
後段は、他分野の人の成績が芳しくなく合格率が悪いため、リスクが高いととらえられ、法科大学院入学が敬遠されている、ということでしょうか。だとしたらその原因は、法科大学院の教育の質が悪いから、ということになるんでしょう。

「各法科大学院において,多様性の拡大を図るための入学者選抜基準を概ね満たしていることなど,現状についてかなりの成果を上げていると評価してよい。」

「入学選抜基準」というのは、入学者中、非法学部出身者または社会人経験者が3割以上となるようにすべし、という文科省のお達しを指すのだと思います。でも入学以前に、経済的時間的に余裕のない社会人はそもそも志願しません。また、全体の社会人入学者割合、非法学部系の入学者は年々、激減しています。そのことに危機感を覚えるのがふうつであって、「かなりの成果を上げていると評価してよい」わけがありません。そもそも旧司法試験でも受験者で3割基準が満たされていたし、合格者でも満たされていた可能性は大きいと思います。
※参考
全体社会人入学者 H16=2,792人(48.4%)→H24=689人(21.9%)
全体非法学部系入学者 H16=1,988人(34.5%)→H24=591人(18.8%)
旧司受験者の有職者(社会人)割合 H21(37.2%),H22(37.8%)
旧司合格者の非法学部系割合
H21(27.17%),H22(22.03%)

「法科大学院設立当初と異なり,今後,社会人として法科大学院を志願する者は,学部修了時点では法科大学院への入学を選択せず,いったん社会人になった後に法科大学院を志願する者に限られることに留意する必要がある。」

私の勉強不足で指摘の意味がよく理解できませんでした。
すいません...orz

「大学法学部が存続している以上,大学進学前から法曹となることを志して大学法学部に入学し,そのまま法科大学院に進む者も正当に評価されなければならない。」

これも意味がよく分かりません。もしかして意訳するとこんな感じでしょうか。
「『多様性』だの『社会人』だの、いちいちウルせーな。ガキんときから『弁護士になる!』って決めて、大学の法学部からローにストレートで行った奴だって立派なもんじゃねーか。そういう若けー奴もきちんと評価してやれや、なっ!」
私にはこういう逆ギレ(?)開き直り(?)に聞こえちゃうんですが。
だとしたら、もはや理念の放棄ですね。

2012年11月19日 (月)

旧司法試験の方が法曹養成の多様性に優れていた

法曹養成制度検討会議の第3回会議提出資料「法曹養成制度の理念と現状」の中に、私にとっては未知のデータがありました。司法試験最終合格者の法学部系(法学部系学部卒業者)・非法学部系(それ以外の学部卒業者)別の割合を示したデータです(資料17の32、33ページ)。
旧司法試験と新司法試験における非法学部系合格者の割合を、未修者受験が始まった平成19年度以降で比較してみました。

      旧試験    新試験(単位%)
19年 
22・98 22・26
20年 
20・83 21・65
21年 
27・17  > 20・85
22年 
22・03  > 19・05
23年
(33・33)   18・13
※23年度の旧司合格者は6人

19、20年度はほぼ同じ。しかし、21年度以降は旧司の方が上回っています。そして新司は毎年、漸減です。

法科大学院の理念の一つに、社会人経験者など多様なバックグラウンドを有する人材を多数法曹に受け入れるようにすることがあります。
その多様性を計る指標としては、社会人(有職者)の割合をみるのが最も端的ですが、非法学部系出身者の割合も重要な指標の一つです。

過去の記事「バックグラウンドの多様性の検証(入口編)では、法曹養成の「入口」、すなわち法曹を目指そうとする人の多様性を社会人(有職者)の割合で検証し、法科大学院制度より旧司法試験の方が理念に適っているという結論を出しました。

さらに、続編の記事で、法曹を目指したした人が晴れて司法試験に合格できたかどうかという段階(いわば「出口」段階)の多様性を検証しようとしましたが、検証に使いたいデータが「不存在」という理由で関係官庁から開示れさませんでした。

しかし、今回、「出口」段階の多様性を測る指標の一つである、非法学部系出身合格者の割合において、旧司が新司を上回るか、少なくとも同レベルということがデータで示されました。
「入口」段階で旧司の方が多様性に富んでいたことを併せて考えると、多様な法曹養成という理念は、新制度では実現できておらず、むしろ旧司より多様性が貧弱になっている可能性が高いといえそうです。
行政当局はぜひ、司法試験合格または司法修習採用段階での社会人(有職者)の割合についても過去にさかのぼって調査し、データを開示してほしいところです。

2012年11月17日 (土)

給費制廃止違憲訴訟への期待

給費制廃止違憲訴訟提起の動きがあるそうです。

「給費制廃止違憲訴訟提起の動き」(Schulze BLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51989385.html

ついに!、というか、やっと!、というか。
待っていました!

以前の記事「給費制の問題は司法的救済の途を探るべき~給費制のこと(3)」で書いた通り、私は給費制の復活を求める手段として政治・市民運動にはもはや限界があるため、司法的救済を求めるべき、という考えです。なので、ついに来るべきときが来たなあ、という思いです。
従来の給費制維持運動に対しては「法曹の卵なのに自分たちのトラブルを裁判で解決できないの?」という批判も耳にしていましたが、提訴が実現すれば、そういう批判も当たりません。原告に参加する方々、訴訟団に加わる弁護士の方々に心から敬意を表し、微力ながら何らかの支援をしたいと思っています。

Schulzeさんのブログ情報によると、給費制「廃止」を問題とするようですから、立法不作為の違憲を主張するのでしょうか。だとすると、難しい訴訟になるかもしれません。また、最後に待ち構えるラスボスは、司法行政当局として給費制廃止を容認した最高裁ですから、厳しい闘いになると思います。
でも、一方で訴訟活動をきっかけに、修習生や若い弁護士の経済的窮状、法曹を目指す人の激減状況が、マスコミなどを通じて今よりもっと世間に広まることが期待できます。その結果、給費制廃止を市民が、自らが被るおそれのあるデメリット(司法サービスの質の悪化など)として広く認識してもらえるようになれば、行政・国会を動かす原動力として世論の力を加えることができるかもしれません。

また、公費支出の点からみると、「給費制廃止」と「法科大学院維持のための補助金」は裏表の関係にあると捉える向きもありますから、裁判を通じて給費制の維持復活を訴えていくことは、法科大学院の財政的基盤を揺さぶることにつながるかもしれません。

もちろん訴訟で勝利するのが一番ですが、勝敗以外にも訴訟提起によって期待できることは多いと思います。

2012年11月15日 (木)

官僚>内閣>国会>司法という力関係

参議院で議員から出された法曹養成制度検討会議に関する質問主意書に対する政府側の答弁書が出ています。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/181/toup/t181001.pdf

案の定、木で鼻をくくったような回答で、質問にまともに答えておらず、あらためて注目すべきところはありません。

こうした答弁書の内容や、法曹養成制度検討会議のメンバーの人選などをみると、国会議員と官僚の力関係がよく分かります。給費制の復活を政治に期待するのは限界があると、あらためて思いました。

衆議院の解散が決まり、政権交代があり得ますが、新政権は、司法制度改革の後始末にどう取り組むんでしょうか。

ところで解散に伴う今度の総選挙では「0増5減」法案が成立しても実施が間に合わず、「違憲状態」の区割りのまま行われるそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121114-00000068-jij-pol
国会は、選挙無効判決なんか裁判所が出せっこないと踏んだのでしょう。司法もなめられたものです。

前述したような素っ気ない答弁書を官僚が作成し、それが内閣総理大臣や副総理の名義で国会に提出され、その国会が裁判所の警告を無視する現実。これでもし選挙無効判決が出なければ
官僚>内閣>国会>司法という力関係が確立するかもしれません。

2012年11月13日 (火)

新65期の就職内定状況

日弁連が先月末の法曹養成制度検討会議に提出した資料によると、今年7月時点での新65期司法修習生の就職未定率は41・9%で、前年同時期とほぼ横ばいのようです。
http://www.moj.go.jp/content/000103610.pdf

※参考
「新65期の就職内定状況は?」(Schulze BLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51969643.html

回答は717通で回答率は35・8 % 。調査方法は例年とは違うみたいです。

この数字だけをみると、厳しい状況は変わらないにせよ、就職難の流れに歯止めがかかったようにもみえます。

ただ、実態を正確に反映しているかどうかには疑問の声もあるようなので、一括登録日時点の数字をみないと一概には評価しづらいところです。
※参考
「現・新65期の就職内定率が前年並みというのは本当か?」(Schulze BLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51981493.html

2012年11月 9日 (金)

平成24年度予備試験結果と受験制限

平成24年度の司法試験予備試験結果が発表されました。

http://www.moj.go.jp/content/000103363.pdf
http://www.moj.go.jp/content/000103364.pdf

合格された方々、本当におめでとうございます。

主要紙の報道は今のところ朝日新聞(11月9日付朝刊、東京発行)しか見ていませんが、合格者が「昨年比倍増」と見出しにとっています。正確には「2倍近く」(記事本文)なんですが、合格者が200人を超えれば、こういう見出しになるでしょう。

また、付随する記事の見出しは「『例外』に高まる人気」です。
記事の中身は、予備試験人気が制度趣旨に合わないことを言いたいようなんですが、見出しだけを見れば、あたかも「
予備ルートがオススメ」のように読めます。何かと慌ただしい世の中で、新聞記事は見出しだけ読んで記事内容を推し量る人は結構多いですから、朝日記事の見出しのアナウンス効果(予備→主流化、法科大学院→オワコン化)はでかい、と思います。

ところで記事中の法科大学院協会事務局長のコメントは、従来より踏み込んで「予備試験の受験に大学卒業の条件や年齢制限を設けるべきだ」と断言しています。
これまでも予備の受験制限をにらんだ関係者の動きや発言はありました。
※参考
「予備試験組の合格率が及ぼす影響」(Schulze BLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51979348.html
「学生の予備試験受験を禁止する?」(本ブログ)
http://ittyouryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-16d7.html
でも、今日の記事のように、はっきりと受験制限を要求するコメントは初めて見ました。発言の主は、予備試験が本流化すると不利益を被る当事者側ですから、予想された主張ではあります。でも、司法試験に合格できる教育を学生に提供できない自分たちの責任を棚に上げて、実績を挙げている他ルートの参入規制を要求することに恥じ入ったりしないのかなあ、と不思議に思います。

とにかく利害関係者が露骨に受験制限を求めるようになりました。これに対する行政側の動きを注視していきたいと思います。

2012年11月 4日 (日)

田中文科相の大学設置不認可と司法制度改革

田中真紀子文部科学大臣による3大学新設の不認可が物議を醸していますが、司法制度改革とリンクして考えさせられる問題がいくつかあります。

1・大学(院)の「数」と「質」の関係

少子化などに伴う大学進学志望者の「全入時代」にあって、今回の設置基準厳格化は、大学の「数」を抑制し、定員割れなどを解消して「質」の確保を目指す狙いがあるようです。
この点は、法科大学院の統廃合の議論と軸を一にします。たとえば毎日新聞2012年9月17日の社説は「
今春学生を募集した73校のうち35校の入学者が定員の半数に満たず、20校は10人未満だった。こうした環境で十分な教育の質が保てるのか疑問だ」と指摘して法科大学院の統廃合を加速するよう求めています。
http://mainichi.jp/opinion/news/20120917k0000m070105000c.html
(もっとも同紙は11月3日付社説で今回の設置不認可について「数が多いから学力が落ちるという論法なら、数を絞れば学力も上がるということになるが、一面的だろう」と批判しているので、ちょっと、ちぐはぐです。
http://mainichi.jp/opinion/news/20121103k0000m070135000c.html

ただ、大学と法科大学院とでは、「数」と「質」の関係が微妙に違うと思います。
高卒後すぐに海外留学するなどの例外を除けば、勉学優秀な人は、ほとんど国内の大学に進みます。そうした中で大学の「数」が絞られれば、競争性がより高まり、全体的な大学進学者の「質」も高まると思われます。
これに対し、法科大学院は、最近の法曹の不人気から、優秀な人がこぞって進学を目指す風潮はなくなりました。いまでは優秀な人の相当数は他の進路を目指すと思われますから、法科大学院の「数」を減らしたところで学生の「質」が上がることはあまり期待できません(もっとも教員が淘汰されて、教員の質は上がるかもしれません。でも法曹の不人気で法科大学院の社会的ステータスが下がっていけば、優秀な教員もどんどん離れていく可能性はあります)。

2・市場原理に基づく淘汰の問題

この問題は1・の問題ともちょっと関連しますが別項目にしました。

大学新設は、規制緩和の流れを受けた中教審が2002年にそれまでの抑制方針の撤廃を宣言し、これをきっかけに文科省が従来の事前規制型から事後規制型へと転換したそうです(11月3日付朝日新聞朝刊)。
司法制度改革審議会の意見書をきっかけに法曹人口拡大路線が進んだのと同様の流れです。

一昨日、テレビニュースをみていたら、識者の方が「大学設置を許可して、あとは淘汰にまかせればよい」という趣旨のコメントをして、田中大臣の今回の措置に批判的な見方を示していました。
こうした市場原理による淘汰論は、弁護士の増員に関してもよく耳にします。

しかし、淘汰にまかせてよいものと、淘汰にはなじまないものがあると思います。

淘汰の過程では、良いサービスを受けられなかった「被害者」(通常、消費者や依頼者がなる)の発生が不可避です。
たとえば「被害者」が、値段に比べて不味いラーメンを食べさせられた客ならば、衛生上の問題さえなければ、被害はたいしたことなく、事後回復も容易です。そこでラーメン店の営業許可を淘汰にさらしても大きな問題はありません。

では、大学、弁護士によるサービスはどうでしょうか。
いずれも、一般の人にとっては一生に一度、受けるか受けないかのサービスで、その結果(大卒資格の取得、紛争の円満な解決など)は、その人の人生を大きく左右します。しかし、乱立濫造で市場原理にまかせれば、淘汰の過程で、大学経営の破綻による学生の卒業困難や、重大な弁護過誤など、事後規制では救済が難しい被害が発生するリスクが高まります。
そうであれば、大学の設置、弁護士人口は、市場原理に基づく淘汰には、なじまないのではないかと思います。もっとも、しっかりとした
事後救済措置(卒業が危ぶまれる学生の他大学への編入・単位認定制度とか、弁護過誤被害者への社会的な補償制度など)が確立すればまた事情は変わるとは思います。

3・審議会の在り方

今回の大学設置不認可の問題で田中大臣は、認可を答申した大学設置・学校法人審議会の委員の大半が大学関係者であることを問題視したようです。

一方、司法制度改革の関係でも、法曹養成制度検討会議や中教審・法科大学院特別委員会などに法科大学院の「利害関係者」といえるような委員が名を連ねており、同様の問題意識が当てはまると思います。

今回の田中大臣による強引な手法には問題がありそうですが、今後、法科大学院に対しても「真紀子流」で切り込むのかどうか注目されます。

2012年11月 1日 (木)

法曹養成制度検討会議に関する質問主意書

今の臨時国会の参議院で「法曹養成制度検討会議に関する質問主意書」が提出されています

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/181/syup/s181001.pdf

政府に対し、給費制問題を軸に法曹養成検討会議の構成、運営、審議方法に関し多岐にわたって質問が展開されています。

少しでも前向きな回答があればいいですが、どうでしょうか。
回答は官僚が作るんでしょうから、木で鼻をくくるような回答になる可能性が高いと思われますが、給費制問題が取り上げられるという来年1月の検討会議に向けて議論を盛り上げていく必要があると思います。

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