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2013年1月30日 (水)

国民は修習生を見捨てたのか

昨日(29日)、参議院議員会館であった給費制集会に参加してきました。その中で新65期の方が、同期生が修習中にこぼしたという言葉を紹介していました。

「自分たちは国民に見捨てられた」

新64期までは給費で新65期からは貸与、両期の間にどんな違いがあるのか、新65期から貸与に切り替えたことに合理的な理由があるのか―。
生活、学習の費用の工面にあえぐ修習生が、そのような嘆きを漏らさざるをえない心情は良く理解できます。

でも国民は修習生を見捨ててはいないと思います。というか、そもそも国民は修習生を養っていたという自覚がなかった。だから見捨てたという自覚もない、と思います。

給費制について一般市民はどう思っているのか、という世論調査を私は目にしたことがありません。ですから一般市民の反応は、身近な人の反応に基づく個人的な実感しかないのですが、私の周囲では、弁護士や裁判官になるために司法修習を受けなければならないことは多くの人が知っていて、その期間が1~2年であることも知っていました。
しかし、修習中に給料が出ていたことを知らない人は結構いました(カミさんも私が最終合格するまで知りませんでした..orz)
で、その人たちの多くは給料を出してきた従来の制度の方がおかしい、と言いました。理由は「これから弁護士なって儲ける人に税金で給料を払うのはおかしいから」というものでした。

私の周囲の反応だけで即断することはできませんが、
多くの国民は
①給費制のことを知らず、
②弁護士の多くは儲けている、あるいは民間事業者を公費で研修させるのはおかしいと思っているのではないか、
という推測が可能かと思います。

もっとも①の点からは、今後国民に対し、給費制の意義、修習生の窮状、無給なのにバイトも禁止という不合理を訴えて理解してもらえる余地がある、といえそうです。そして①の理解が進めば②の認識をあらためてもらえる下地ができると思います。
ただ、どのような機会をとらえて、どのような方法でアピールするのかは難しい問題です。

昨日の集会では、修習生の経済的窮状の訴えに重点を置いた従来の方法とは異なり、パワーポイントを使って給費制導入の歴史にさかのぼってその意義、効果等を分かりやすく解説していました。
まだ改良の余地がありそうですし、参加者が相変わらず関係者ばかりのように見受けられるのも気になりますが、単に「お金がなければ法曹に―」ではなく、給費制とは何か、給費制が法曹養成にどういう役割を果たし、ひいては国民にどのような利益をもたらすかを地道に説明していくやり方にシフトしているように感じました。
2010年の夏にある地方都市であった集会以降、弁護士会やビギナーズネットさんの集会には結構顔を出しましたが、今までで最も充実した内容だったと思いました。

参考ブログ
「給費制」への国民理解(元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記)

http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-623.html

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司法制度」カテゴリの記事

コメント

昨日、私も、福島県いわきから参加していました。

終電ギリギリでいわきまで帰りました。
お互いに給費制復活のために頑張りましょう。

甲南ロー出身の弁護士様
なんと、いわきから!しかも、日帰りとは!
常磐線はもう全通しているんでしたっけ。本当にごくろうさまでした。
ブログにも書きましたが、共感できる、いい集会でした。
後輩の方々、頑張っておられますね。

いわきから昨日は来ました。

もしかしたら昨日お互いに、話したかも知れませんね。

それにしても昨日大学生の方々とも話しましたが、現在の法曹養成制度の問題が大学生にまで波及していたことを実感しました。

私が大学生の頃は、周りの受験生も経済的事情のことを気にしなくても良かったですし、経済的負担云々の話もなかったです。

しかし、今ではその話が大学生の間でも普通に出ており、事態の深刻さを感じました。

貸与で育った、私達65期が声を上げる責務があると感じました。

>貸与で育った、私達65期が声を上げる責務があると感じました。

今回ではなく年末の集会で新65期の方が、給費が廃止されたことについて「先輩たちは一体これまで何をやってきたんだろうと思う」という趣旨の発言をして、会場から大きな拍手が沸き起こっていましたよね。
私はむしろ「給費で育った」先輩たちにもっと声を上げて欲しいと思っています。
もちろん、これまでも今でも多くの先輩方が様々な方法で声を上げてくださっているのは承知していますが、給費制復活運動がもっと弁護士「界」のみならず、法曹界全体の大きなうねりにならないものかと思う次第です。


1/19に福岡で集会をやりましたが、「困ってます」ということを表に出すよりも、「応援しないと」と思ってもらえる切り口のほうがいいな、と思っています。

順番としては「応援したい」と思わせるエピソード→でも実際は「こんなことになっていて困ってます」というほうが、説得力があるなあと。

日弁連はこれだけのマンパワーとカネを投じているのに、甲南ロー出身の弁護士さんがおっしゃるように「先輩たちは一体これまで何をやってきたんだろう」とか思われています。これは私どもが行った修習生からのヒアリングでも言われました。これじゃ求心力もへったくれもないし、広報的観点からもどうかと思いますよね。

やり方を考えないといかんなあと思います。

憎しみを、マンパワーとカネを思い切り投じている既存の弁護士に向けられるのでは、割に合いません。ちょっとアコギでも、別の仮想敵国をつくってそっちに向ける戦略も必要だと思っています。

運動をどう作っていくかは本当に難しい問題です。

私のボスが運動に豊富な経験がありますので、私がボスと相談しながら、それを給費制復活運動に反映できたらと思います。

弁護士HARRIER先生
>「応援しないと」と思ってもらえる切り口
なるほど、と思います。
私も考えてみます。

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