法曹養成制度検討会議第10回の資料に「法曹人口について議論されている観点・指摘の例」というのがあります。法曹人口に関し「抑制」と「増員」の両論の主張や意見を対照したもので、各表の左側が「抑制」側、右側が「増員」側の主張となっています。
こうして対比してみると、増員側の主張は客観的な根拠が極めて乏しく、感想レベルの域を脱していないものばかりのように見受けられます。
まず「1 法曹に対する需要・必要性に関する観点」という項目の増員側の主張は
○ 多様な経済的・社会的活動に法曹が関与することを通じて,これまで埋もれていた様々な問題が法的紛争として構成され,法曹需要が顕在化することになる。
○ 身近に弁護士がおらず,アクセスすることが困難な市町村は多い。
○ 従来型の法廷活動ではなく,企業や行政など多方面での活動領域を広げていくには,法曹人口の大幅な増加が必要である。
ですが、いずれの主張も根拠となる客観的事実やデータが見当たりません。主観的な感想、見込みだけで言ってるように見えます。たとえば地方自治体の需要について別資料の宮脇委員提出意見には「地方自治体には極めて高い潜在的なニーズが存在するものと考える」とありますが、その具体的根拠は特に示されておらず、個人的な「考え」の域を出ていません。また第9回会議提出資料の地方自治体における法曹有資格者の活動領域の拡大について(取りまとめ)によれば「全国の地方自治体(平成25年1月1日現在で1,789団体)における法曹有資格者の常勤職員としての採用は,少しずつ増えてはいるものの,日弁連が把握する限り,平成25年1月30日現在で,別紙2のとおり,25団体40名(一部事務組合1団体1名を含む)と必ずしも多いとはいえない。」とのことで、現状でもニーズの増大を示すデータはありません。
これに対し抑制側をみると
○ 訴訟事件数,法律相談件数等を見ると,司法制度改革審議会意見書が予測したほどの法曹需要は現れていない。
○ 弁護士過疎の解消は進んでいるが,これは,公設事務所の設置などがあって実現したもので,単なる弁護士大量増員によって自然に実現したものではない。
○ 組織内弁護士の数は増えているものの,弁護士人口の急増を吸収できるほどではない。
とあります。
別資料の法曹人口に関する基礎的資料に各種の客観的データが載っていますが、抑制側の主張は一番上は32ページ、一番下は55ページの表からうかがえます。
真ん中は16ページの公設事務所数の推移からみて、こう指摘することは可能と思います。
ところで、この表を見て初めて知ったのですが、「ゼロワン地域」って2011年12月にいったん解消された後、再び発生してたんですね。今年1月現在も「ワン支部」が1カ所あるようです。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/special_theme/data/zero_one_map2013_1.pdf
次に「2 いわゆる「就職難」との関係に関する観点」という項目の増員側の主張は
○ OJT不足への対策は必要であるが,OJT体制が不十分という理由で,資格取得能力がある人材にも資格を与えないのは,不適切である。
○ 資格を取得すれば生活が保証されるわけではないことは,どの資格でも同じである。
ですが、これらも主観レベルの主張だと思います。上はOJT不足の最大の懸案である、弁護士の質の維持という問題に答えていません。弁護士としての能力と資格取得能力は必ずしも同じではありません。
下は「仕事はある。甘えんな」っていう、いつもの「お説教」だと思いますが、相変わらず「仕事はある」という根拠が示されません。
あるいは「資格の一つにすぎないんだから食えなければ弁護士やめて他の仕事を探せ」って言いたいのかもしれません。でもその程度の資格なら、膨大な金と時間を費やす法曹養成プロセスを半強制させる必要などまったくないと思います。
ちなみに抑制側の主張は
○ 急激な弁護士人口の増加により,「就職難」が生じ,OJTの機会が得られない新人弁護士が増えており,法曹として必要な経験・能力を十分に習得できていない弁護士を社会に生み出していくおそれがある。
○ 新人弁護士の就職難は,法曹志願者の減少を引き起こす一つの理由となっている。
これらのうち就職難は一括登録時の弁護士未登録者数が前記資料の58ぺージに、法曹志願者減は法科大学院志願者数の推移が9ページに示されています。即独の増加はジュリナビ調査に関連するデータが示されています。
さらに「3 法曹養成の状況に関する観点」という項目で増員側は
○ 新しい法曹養成制度の下では,これまで多数の優秀な法曹が輩出されてきた。
○ 従来型の法廷弁護士としての基礎知識だけで質を判断すべきではない。
○ 広く資格を与えると,良い人材が入りやすくなり,業界の質は向上する。
と言いますが、これらも主観的な感想、意見、見込みの域を出ず、具体的客観的な根拠が見当たりません。
抑制側は
○ 司法試験の大幅合格者増をその質を維持しつつ図るには大きな困難が伴うが,司法修習生の一部に基本的知識の不足が指摘され,二回試験不合格者が出現しているなど,新しい養成制度は,質の維持について機能していない。
との指摘で、二回試験不合格者数推移は前記資料59ページにあります。
「4 隣接法律専門職種の存在との関係に関する観点」という項目の両者の指摘は、法曹人口の範囲の捉え方、外国と比較すること自体の当否に関する考え方の違いによるものとみられます。根拠としているデータはだいたい共通のようです。
最後に「5 隣接法律専門職種の存在との関係に関する観点」という項目で増員側は
○ 税務,特許,登記,労務,外国人登録などにおいても,訴訟段階に限らず,弁護士が担うべき役割は大きい。
と言いますが、これも根拠がはっきりしません。列挙された業務は現在、主に隣接法律専門職が担っていると思いますが、ここに弁護士が割って入らなければならない具体的客観的事情の指摘はなく、主観的な見方にすぎないと思われます。
この資料は官僚がまとめたものでしょうが、改革推進派の主張がたいてい、根拠の薄い空論にすぎないことをよく示していると思います。
※参考ブログ
「自治体法務と司法試験」(黒猫のつぶやき)
http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/999079e1cf72cd0f152b7348649e9f5d
最近のコメント