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2014年4月

2014年4月30日 (水)

修習生のバイトはどこまで認められるか

兼業許可申請不許可処分(股旅ブログ)
http://blog.livedoor.jp/matatabifurafura/archives/4761359.html

重要な問題提起だと思います。

当局は貸与制への批判をかわそうとして兼業禁止ルールを緩和したのはいいけれど、その運用は硬直化し、許可不許可の明確な線引き基準も示せない。これでは不利益処分に対する防御(添削以外で許可され得る別のバイトを探すことなど)が出来ず、適正手続とはいい難い。行政作用とはいえ「法の番人」とか「人権の砦」といわれる機関の態度とは到底思えません。バイト一部容認がいかに場当たり的な措置だったかがよく分かるエピソードだと思います。

もっとも、バイトを広く認めれば問題が解決するというわけではありません。司法修習は、司法という国家作用の一翼を担う法曹の養成に不可欠な研修制度であり、本来、国費でまかなわれるべきです。
この点は、ブログ主のmatatabifurafuraさんも十分に分かった上で、現行の「貸与制+限定的バイト許可」という不合理な制度に少しでも風穴をあけようと、行動に出られたのだと思います。

修習生の立ち回り方としては、いろんな意見があろうかと思いますが“おかしいことはおかしいと言う”という姿勢は法曹に必要な要素ではないかと思います。

2014年4月20日 (日)

東大70連敗の足跡

東大がリーグ記録に並ぶ70連敗、慶大に2-13大敗(サンケイスポーツ)
http://www.sanspo.com/baseball/news/20140420/unv14042013470003-n1.html

最後の勝利は佑から/東大70連敗の足跡(日刊スポーツ)
http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp3-20140420-1288119.html

70連敗のうち20敗くらいは生で見ているかなあ。ものすごく惜しい試合もいくつかあったんですけどね。

今日の試合は6回から観てましたが、連敗ストップの兆しが見えないのが辛いところです・・・
(9回の2得点は東大の粘りではなく相手投手の自滅と大量リード時の守備態勢によるもの)

2014年4月 5日 (土)

予備試験に対する大学法学部のスタンス

中央大学の法学部の学生が主に利用すると思われる法職講座のパンフレット「法律家になろう」の2014年版が下記のURLに載っています。
http://www.chuo-u.ac.jp/career/law_exam/support_tama/brochure/pdf/brochure_2014.pdf

このpdfファイルの13ページ以下(元パンフの頁番号では22ページ以下)に座談会形式で予備試験在学中合格者の紹介が載っています。昨年版には同様の紹介ページはありませんでした。

法科大学院をはじめとする法学系の大学関係者が予備試験を無視したり敵視したりする傾向がある中で、大学当局が学部生の予備試験合格を学部教育の一つの実績と積極的に捉えるのは珍しいと思います。

今後、予備試験に対し受験制限とか過度の合格者数抑制といった“不当な弾圧”がなければ、予備試験合格者数または合格率が各大学法学部の評価を決める重要な指標のひとつになると私は考えています。そうした将来を見据えた場合、中央の姿勢は賢明だと思います。

2014年4月 3日 (木)

予備試験と高等学校卒業程度認定試験(高認)

法科大学院本道主義強制に見合う「価値」(元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記)
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-793.html

 以前も書いたように、志望者の予備試験への傾斜は、あくまで法科大学院の「価値」への利用者の評価とみるべきものです。司法試験合格だけではなく、法曹になったあとに志望者が、なるほど「プロセス」を経由しないとダメ、というような「価値」をプロセスが提供できていない現実の反映でしかありません。

比較としてふさわしいかどうかは分かりませんが、法科大学院と予備試験の関係と、高校と高等学校卒業程度認定試験(通称「高認」、旧大検)の関係とを試しに比べてみます。

予備試験と高認には共通点があります。例えば
・上位の試験(司法試験、大学入試)の受験資格を得るための試験である点
・本来的な教育機関(法科大学院、高校)で修学することが困難な事情がある者に向けた試験である点
・本来的な教育機関での修学というプロセスを経なくても“一発試験”で上位の試験の受験資格を得られる点

このような共通点があっても、予備試験と違い、高認を高校側が“抜け道”扱いすることはありません。高校生があえて高校教育を逃れて高認受験に流れるという現象が少なくとも顕著には起きていないからです。
その理由は高校がおおむね、3年間という時間と学費負担に見合うプロセスとしての教育をきちんと提供し、その教育の価値を社会が一般的に認めているからだと思います。多くの人が高校で学ばないより学んで良かったと思えるのが現状でしょう。

これに対し法科大学院は2~3年間という時間と学費負担に見合うプロセスとしての教育をきちんと提供しておらず、その教育の価値を社会が一般的に認めているとは言い難いのが現状。数百万円という学費を考慮した上でなお、多くの人が法科大学院で学ばないより学んで良かったと思えるかどうかも怪しい。そこで優秀層があえて法科大学院を逃れて予備試験に流れるといった現象が起きています。ゆえに法科大学院側が予備試験を“抜け道”扱いするわけですが、それは法科大学院が自らの体たらくを認めているに等しいふるまいだと思います。そもそも“抜け道”と称するのもロー側の評価にすぎず、制度の利用者たる法曹志願者からすれば理不尽な災いから逃れるための“避難路”と言った方がいいかもしれません。

ちなみに高認の受験資格をみると、高1生に相当する年齢でも受験できますし、高校在籍中でも受験できるみたいです。
「心の貧困」を問われるべきは、自らの教育の質の悪さを棚に上げて、予備試験の受験制限に走ろうとしているロー側ではないかと思います。

※参考ブログ
予備試験の受験資格制限導入に現実味?(SchulzeBLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52064826.html

予備試験に年齢制限!?まさしく「司法崩壊の危機」(黒猫のつぶやき)
http://kuronekonotsubuyaki.blog.fc2.com/blog-entry-939.html

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