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2014年4月 3日 (木)

予備試験と高等学校卒業程度認定試験(高認)

法科大学院本道主義強制に見合う「価値」(元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記)
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-793.html

 以前も書いたように、志望者の予備試験への傾斜は、あくまで法科大学院の「価値」への利用者の評価とみるべきものです。司法試験合格だけではなく、法曹になったあとに志望者が、なるほど「プロセス」を経由しないとダメ、というような「価値」をプロセスが提供できていない現実の反映でしかありません。

比較としてふさわしいかどうかは分かりませんが、法科大学院と予備試験の関係と、高校と高等学校卒業程度認定試験(通称「高認」、旧大検)の関係とを試しに比べてみます。

予備試験と高認には共通点があります。例えば
・上位の試験(司法試験、大学入試)の受験資格を得るための試験である点
・本来的な教育機関(法科大学院、高校)で修学することが困難な事情がある者に向けた試験である点
・本来的な教育機関での修学というプロセスを経なくても“一発試験”で上位の試験の受験資格を得られる点

このような共通点があっても、予備試験と違い、高認を高校側が“抜け道”扱いすることはありません。高校生があえて高校教育を逃れて高認受験に流れるという現象が少なくとも顕著には起きていないからです。
その理由は高校がおおむね、3年間という時間と学費負担に見合うプロセスとしての教育をきちんと提供し、その教育の価値を社会が一般的に認めているからだと思います。多くの人が高校で学ばないより学んで良かったと思えるのが現状でしょう。

これに対し法科大学院は2~3年間という時間と学費負担に見合うプロセスとしての教育をきちんと提供しておらず、その教育の価値を社会が一般的に認めているとは言い難いのが現状。数百万円という学費を考慮した上でなお、多くの人が法科大学院で学ばないより学んで良かったと思えるかどうかも怪しい。そこで優秀層があえて法科大学院を逃れて予備試験に流れるといった現象が起きています。ゆえに法科大学院側が予備試験を“抜け道”扱いするわけですが、それは法科大学院が自らの体たらくを認めているに等しいふるまいだと思います。そもそも“抜け道”と称するのもロー側の評価にすぎず、制度の利用者たる法曹志願者からすれば理不尽な災いから逃れるための“避難路”と言った方がいいかもしれません。

ちなみに高認の受験資格をみると、高1生に相当する年齢でも受験できますし、高校在籍中でも受験できるみたいです。
「心の貧困」を問われるべきは、自らの教育の質の悪さを棚に上げて、予備試験の受験制限に走ろうとしているロー側ではないかと思います。

※参考ブログ
予備試験の受験資格制限導入に現実味?(SchulzeBLOG)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52064826.html

予備試験に年齢制限!?まさしく「司法崩壊の危機」(黒猫のつぶやき)
http://kuronekonotsubuyaki.blog.fc2.com/blog-entry-939.html

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